日本企業はICT投資が消極的だと思う

総務省が刊行した『平成30年版情報通信白書』がAmazonのKindle版で配布されていたので読んでみた。

KindleではなくHP上でもPDFが公開されているので、Kindleで見れない場合は以下のURLで見ることができる。

平成30年版情報通信白書(PDF版)

全部で400ページ近くあるから読むのだけで結構大変だけど、昭和48年から毎年刊行しているんだね。知らなかった。

とりあえず、第1章を読んだんだけど、もともと受託開発中心の会社で働いていたこともあり、色々思うこともあったので、感じたことを書いておこうと思う。

日本企業のICT投資額は少ない

1章の内容は日本と世界、主に米国のICT市場の調査結果から、イノベーションと企業の業績に与える影響を分析している。1章はさらに4節で構成されていて、第1節と第2節は主に世界的な動向の調査なので、知識としては読んでて「なるほど」というような内容。特段掘り下げる内容ではないので、興味があれば読むといいよ。

1章の第3節では日米のICT利活用について、ICTへの投資額と、GDPの成長率で分析している。

節の最後で以下のように記載されている。

インターネット関連サービスが爆発的に増加しているにもか かわらず、GDP統計上のICT産業の付加価値シェアは、過去15年間多くの国で横ばいとなっていることから、インターネット関連で提供される無償サービスや新しいサービスにより創出された付加価値が現行統計で捉えきれていないとする指摘もある

読んでいるとBtoBやBtoCに関する統計が中心で、CtoCについては捉えきれていないとは思う。といっても、企業に関する統計としては感覚的に理解できる内容だった。

以下は日米のICT投資額の推移を抜粋。

※ちなみに、ICT投資/GDP の比率ではあまり差異はないです。後ほど引用。

確かにこれは実際に企業相手に開発をやっていた身としては、感覚的にも近いものがある。独立系の受託会社だったので特定の分野ではなく、企業の規模も関係なくフルスクラッチのシステム開発を、コンサル、企画・提案、設計、開発、保守・運用まで幅広く実施していたし、提案に際しては、営業と一緒に初アポからヒアリングすることも多かった。

実際にヒアリングしていると、情報システム部門というのがどこの会社も縮小傾向であったり、小規模な会社だと情報システムを専門とする担当はいなくて、総務部と話をする機会も多かった。いまだにメインフレームを運用しているところも結構ある。

少し飛ぶけど、第1章4節の最後の方に、ICT人材の比率について載っている。

ベンダ企業というのは、いわゆるSIerやSESのようなBtoBの企業。ユーザ企業は、ソフトバンク、三菱UFJ、ソニーのようなBtoCの企業。日本はユーザ企業にICTを担当する人材が異様に少ない。

実際にヒアリングをしていても、ユーザ企業の情報システム部門は新卒採用が4、5年に1名とか、急なシステム開発案件が出てきたときに中途採用とかで人を雇うのではなく、ベンダ企業に相談するというのが多い。

話を聞いてみると、ユーザ企業では一般消費者への事業をメインに捉えていて、情報システム部門は基幹システムを保守する人員としか捉えていないことが多く、「金食い虫だと思われている」というのはよく聞いた。2000年代あたりは何十名規模で人員がいたが、基幹システムが順調に運用され始めると、担当だった人員が一般消費者向けの部門へ異動させられたり、逆に一般消費者向けの部門で使えないと判断された人員が情報システム部門に回される、ということが多い印象だった。

残っている人も40代、50代だったりで、2010年代に入ってからは、「定年退職する人がやっていた仕事を引き継いで欲しい」見たいな依頼も多くなっていたような気がする。それを、他社の人間に頼むのかとは思う…

結局のところ、システム導入をする時に大量に人員が必要だが、運用が軌道に乗ったら一時的にでも人員を削減しないといけない、というのをうまく調整するためにベンダ企業を使うことが多くなったのだと思う。白書の中でも『我が国は雇用慣習の違いから人材の流動性が低い点は留意が必要である。』と記載がある通り、流動性を高めるために取ってきた企業同士の施策が、ベンダ企業を活用するという点に向かったんだろうなと思うが、これが多重請け構造を作る悪循環になっていると思う。

ベンダ企業の存在自体が悪いとは全く思わないんだけど、それでも自社がどんな業務をしていて、どんなシステムを必要としているかは、やっぱり現場にいる人間ではないと把握はできない。

ユーザ企業側の人員が少ないことの弊害は、情報システム部門の構想策定(グランドデザイン)、要件定義能力の低下、予算調達能力の低下を招いていると思う。

構想策定、要件定義ができないということは、適切な予算を把握できず、見切り発車でシステム開発に進み、結果的に想定内の予算で収まらずシステムをあまり知らない会社の役員に「金食い虫」の印象を植えつけるのだと思う。

僕が経験したので多かったのは、「システム開発を依頼したら失敗したので立て直して欲しい。」という依頼。状況によっては、僕が提案した金額が高過ぎると言って、10分の1くらいの金額で提案した別のベンダを採用したものの、僕が提案した金額と同額以上の費用がかかっても出来上がらなかったから、そのシステムを引き継いで、ただし元ネタがあるから安く受注してくれ。という感じ。

やっぱり、人と相対して話をすると人情が湧いてしまうもので、不合理な内容だけど受けてしまうんだよね。その案件が終わった後に、もっと高額な案件を依頼して貰えるんじゃないかとかいう打算的な思惑も勿論あるが、結果としてはそんなことにはならず、どちらかというとその後は予算を減らすけどサービスレベルは変えないでくれという感じだった。

こういうのをたくさん経験すると、企業側では情報システム部門の人員を抱えるのを嫌い、ベンダ企業に依頼することで賄い、結果として多重請け構造が暗黙的に容認されて、要件定義からベンダに依頼するものの、正しく要件定義ができるベンダは高く、安いベンダに依頼するための要件定義能力がないため、システムトラブルが増加しICT投資に消極的になる。という悪循環を招いているとは思うんだよね。

ICT投資は将来的に企業の成長に影響すると思う

白書では日米のICT投資額の推移に引き続いて、日米のGDP推移とその相関関係についても記載されている。以下、抜粋。

簡単に言うと、GDP推移だけ見ると米国の方が伸び率は高いけど、ICT投資がどの程度関連しているかを ICT投資/GDP の比率にするとそんなに違いはない、という結果。なんだけど、個人的にはこれだけで比較しても、ICTを使わず人力で頑張ってしまえばGDPにあまり差が出ないんじゃないかなと思うんだよね。

つまり、ここに実際に働いている人が感じている働き方の質と、実質的な労働時間を含めてみないとわからないんじゃないかなとは思う。同じような比率でも、一方は無理をして長時間労働しているのと、他方は規定時間内でリラックスして仕事できているのとだったら、全然違うと思う。そんなデータないからわからないけど。

明確な指標はないけど、日本は人力で頑張って既存事業を中心に生産を上げていて、米国では既存事業はICTで省力化した上で、新規事業に投資して生産を上げているんじゃないかなというのが、感覚的なところ。

ICT投資ってそもそもは基幹システム、つまり人事給与、会計、その他管理業務が中心で、管理業務が人手を離れるようになれば事業に集中できて、そこから事業に対するICT投資に流れるのが理想だと思うけど、日本企業のシステム導入していて感じるのは、システムを導入した上でシステムが出した結果を人手で確認する業務を作って運用している感じがした。

システム導入初期は不具合もあるからそういう業務も勿論必要だけど、一通り業務が回れば人手を離れるのが普通なのにいつまで経っても確認する仕事がなくならない。この辺りに関係するのが、パッケージをあまり使っていないということと、現場の仕事に経営陣が関わりすぎていることと、解雇規制が関係しているんじゃないかなと思う。

パッケージをあまり使っていないというのは白書の中でも言及されてた。

自社で開発しているものは含まれてないのかな?ユーザ企業側に人材が多い米国は自社開発の比率も高そうな気はする。元データがどういうものか、出典元の資料を探したけど見つからなかった…

白書には、パッケージを導入しない理由として『ユーザ企業が外部に委託して独自仕様を盛り込んだソフトウェアを作成していることが一因と考えられる。』と書かれている。これは、その通りだと思う。

ERPパッケージなんて、探せば山ほど出てくる。有名なところ大企業向けにSAP、Oracle、COMPANYなど、中小企業向けにはSuperStream、GRANDITなど探せば色々あるし、完全に今の業務と一致しなくても、大体近いものは見つかるはずなのに、結構な確率で導入に失敗する。

自分が経験した訳ではないけど、失敗したプロジェクトの話では、「元々はパッケージを導入して、パッケージで実現できない部分をスクラッチするはずが、ほとんどの機能をスクラッチで作ることになったが元々予定していなかったので、予算も期間が足りなかった」とかいう感じだった。

全体的に総花的になりがちなことと、システムに合わせて業務を見直すことを諦めることが多い。これは義務教育のせいなのかな?仕事の手順が変わることへの拒否反応が結構すごい。そこに使う労力よりもベンダに依頼した方が早いと勘違いしてしまうぐらいにはすごい。パッケージでそれをやろうとするとすごい費用になるので、それなら受託開発にしようというのは自然の流れなのかもしれない。

でも、パッケージを決めてしまいそれに合わせて業務の流れを見直せば、法改正などの必ず対応しないといけない事案はパッケージベンダが対応するので、利用者としては低コストで対応できるし、管理業務は定型化できるので人員が流動化してもパッケージを利用したことがあれば、すぐに即戦力になることができる。

受託開発にしてしまうと自分達の好きなようにシステムを作り上げることができる反面、簡単な対応もベンダ企業に依頼しないといけないし、長く続けていると業務全体の流れもベンダ企業に聞かなければわからなくなってしまう。自分達手動でダイナミックな変更ができず、いつまで経ってもベンダ企業へ細かな改善を依頼して、新しい事業に移れないことに繋がる気がする。

「パッケージを使っていたけど、使いにくいので別のパッケージがいいか、フルスクラッチ開発がいいか提案してくれ」と言う客も結構いた。明確な戦略があるならパッケージではないものを使うのも有りだけど、使いにくいならシステムを変更するという発想が根強いような気はする。

ICTの利活用ができていない?

以下は、1章第4節に載っている『日米企業のイノベーション実現度』

イノベーションの4分類を日米企業へのアンケートを元に調査したものらしい。各定義などの詳細は直接資料見て。

日本企業は組織、プロセスのイノベーションが中途半端な状況だが、米国企業では組織、プロセスのイノベーションはほぼ終わっていて、マーケティング、プロダクトのイノベーションに向かっていることが表されているんだなと思った。実感としても近いものは感じる。

各イノベーションとICT投資、それから営業利益がどのように関わっているかを、グラフィカルモデリング分析を使って日米で比較している。

ICT投資は営業利益のみに直結していて、その他のイノベーションには関係していないというのは、初期のICT投資は既存の業務を置き換えるに留まるからだと思う。企業の基幹部分についてはICTに置き換えたからといって、他の部分でイノベーションが起こることはなく、そこにかかっていた人件費やその他の諸経費が削られて、結果として営業利益に直結するのだと思う。

次の図は、ICT利活用をグラフィカルモデリング分析したもの。つまり、導入したICTを活用することがどの要素に影響するかということ。

ICT投資だけでは他の要素に関連しなかったが、ICT利活用によって他の要素に関係してくるのは、ICTに蓄積された情報から組織の改善やプロダクトの改善に結びつくからだろうな。システム導入の提案をする時の説得としても、「システム導入したからといってすぐに費用削減や業務プロセスの改善はされないし、どちらかというと導入直後は余計な人件費や手間がかかります。ただ、蓄積された情報を元に組織を改善することで、将来的な売上増・利益増に繋げられる。」みたいな事はよく話していた。

ICT利活用が次の改善に繋がらないのは、ベンダ企業に任せているという状況と雇用の流動性が低いことが関係しているんじゃないかなと思う。

ベンダ企業からしてみれば、ユーザ企業側の主事業がどう変革していくかなんて知ったことないところが大半だと思うし、仮にベンダ企業が情報を分析して組織への提言をしても受け入れ難いところがあるんじゃないかな?

このあたりを、しっかりコンサルティングできるベンダ企業なんて、そんなに数は多くなくて、どちらかというと単純に技術者を派遣するSES形態のベンダ企業が多いのだと思う。技術者を派遣するだけの企業からすると、「客とは揉めず、長く継続して、自社から離れない」そんな社員をいっぱい抱えられれば、余計なリスクを背負わずに継続的に利益が出せる。

ユーザ企業側もICTによって定型的な仕事が不必要になった時に、解雇できないことで雇用を無理やり継続しつつ、かつ過去の年功序列によって報酬が膨らんだだけの人材を抱えることになると、データ上あきらかにムダだとわかっていても、変革できないんだと思う。

ある大企業の役員から聞いた話では、「使えないと判断した人員でも無理やり辞めさせることができないので、そういう人を集めてビルの清掃とか、ボランティア活動をして貰っている。」とか聞いた事はある。

また、ある企業では吸収合併をした結果、社員数が一気に2倍以上に跳ね上がったにも関わらず、ICTにかける費用は増やさず逆に減額。話を聞くと「合併したことで年間の予算が減った」だったんだけど、役員報酬や給与所得といった人件費にかかわる費用は2倍以上に膨らんでいるという状況だったりした。

海外では会社が合併する事で、新たな事業創出やコラボレーション、人員整理とかやりやすい印象があるけど、日本企業の場合はどちらかというと素早い改善ができずに、ただただ抱える人材が膨らんで競争力を鈍化させている気がするな。

組織のモジュール結合度が高いよね

グラフィカルモデリングを見ていると、日本企業はICT投資もICT利活用も組織が中心で他の要素に関係している。システム開発やっていたのもあって、「これってモジュール結合度高すぎじゃない?」とか思ってしまったw

プロダクトやプロセスを現場に任せ、組織としてはマーケティングに集中した方がいいという感覚はある。組織が現場に口出しをしたからといってプロセスがよくなるとは限らず、実際に業務遂行している現場の方が改善ができるので、放っておいが方がいいと思う。にも関わらず、日本企業では何をするにも稟議や会合で、組織の承認を得ようとする動きが強いし、承認を得ていないととても口うるさい感じがする。

良くも悪くも中央集権的な構造なのだと思う。

色々考えていると、多くの要因が年功序列、終身雇用、解雇規制あたりに集約されているんじゃないかなとは思う。年功序列とか終身雇用は過去のものだと思うかもしれないけど、染み付いた習慣というのは一朝一夕で変わるものではなく、頭で考えていることと実際に取る行動は違ったりする。

人材の流動化が促進されないのは、定年まで勤め上げて老後は年金生活でと考えている人達が大多数だし、一度人を雇うと解雇することができないので、従業員側は会社が合っていなくてもしがみ付くことができて、会社側は気軽に中途雇用ができない。そうなると人材派遣に近い業態は必要とされ、傭兵のような人材が、他人の会社を盛り上げるために尽力するか、というと「?」となる。

こんな出来事もある。

ある若手の子がどう考えても業界も会社もあっていなくて、辞めた方がいいと思っているマネージャがいて、ことあるごとに自主的に退職することを促していた。結果的には1年ぐらいかかって、退職願いを出してきたらしいんだけど、それまでの間は、辞める気がないならどうにか会社で成果が上がるようにしたいけど、何をやらせても成果が出ない。そんな状況にイライラしてて、まあ仕事にならない感じだった。

退職した本人の方は…というと実は本人も業界も会社もあっていないと思っていて、マネージャが辞めさせたいと思っているのは気づいていたので、ずっと転職活動をしていた。単純にすぐに辞めても次の仕事が見つかるかわからないけど、会社が無理に辞めさせることはできないというのを知っていたので、残りながら転職活動をしていた。

という感じだった。こんな例ばかりではないけど、明らかに業界も会社もあっていないと自他共に認めていても、残り続けている人は結構いるとは思う。

解雇規制は労働者を守ると思われているけど、会社から合っていないと判断されている、もしくは賃金を払えず倒産するかもしれない、ような状況で無理矢理会社に残るのは労働者を守っているとは言えないし、暗黙的に自主退職を促して進めるような状況が健全だとは到底思えなかった。

解雇規制を緩和し、年金制度を廃止する替わりに失業手当とか生活保護を厚くし、年齢に関わらず働きたい人は働き続けてかつ企業を選びやすくし、働きたくない人や一時的な失業時でも生活を心配する必要がないようにすれば、改善されるんじゃないかなと思う。

これってベーシックインカムだねw

締めくくっておく

半分ぐらい愚痴のようになってしまったw

色々と経験談や見知った事を書いてはいるけど、たかが一人の人間が把握しているレベルの情報なので、日本全体がこうだと思ってないし、言うつもりもないです。そういう経験をしたよと言うのを書きたくなってしまったんだ。

ちなみに、ベンチャー企業とは全く関わったことがないです。僕が関わった企業は、どれも日本の中規模以上の企業ってところです。

2章以降はこれから読むけど、文字数が多いのは置いておいても、現在の日本のICT状況を把握するのにこれだけ広く俯瞰して見れるものはないような気がする。IT業界にかかわる人は読んでおいて損はしないと思うよ(。・ω・)ノ゙

0円だもんね!